たぐらかす。

たぐる、ちらかす、はぐらかす。

ゆめこれくしょん みっつめ

f:id:neguran0:20160526033433p:plain

 気の長くなる薬を飲んだらしかった。

 どうやら自分は待ちきれなくなったのだろう。あの薬を持っていたとは知らなかった。どこに隠していたのだろう。懐かしくて羨ましいことを隠していたから、身体のどこかに薬が残っていたのか。
 それにしても迂闊に動けなくなることぐらいは覚えていただろうに。嵩の増えた睫毛や髪で視界は暗い。伸びきった腕や脚を意識するも持ち上がらない。これでは庭の草も刈れない。使った台所やら風呂やらも磨かねばなるまい。泥棒が来ても何もできない。いや、おばけ屋敷のおばけとして驚かせるだろうか。あれこれがどうでもよくなるほどだっただろうか。……だっただろうか。自分を心配して枕元に来る人はいないのに。迎えにも行けないではないか。
 申し訳なさそうにドアを開けて入ってくるのをのんびりと待っていられた。外に出られない化け物のような身体は驚くほどに気楽だった。ただただ待ち焦がれるのが心地よかったので、髪が伸びる薬といいながら、身体まるごと気も長くしてしまうのだろうと自分は勝手に納得した。
 痛々しげにこちらの身体を眺めるのも、それでも伸びた髪を梳かそうと(遊ぶ為に
右手がブラシを握っているのも、何もかもかわいらしい。効き目が峠を過ぎて日に日に身体が元へ戻っていくのをほっとした顔で見ている。その顔を見て日々ほっとするのが楽しい。ごめんね、と毎日口にされる度に、どうせならその申し訳なさをもっと小分けにして包んで、手放すまでに一生かかればいいのにと思っていた。意地の悪ささえも気長になる。
 あの時の自分が懐かしく羨ましい。あの時みたいに、あなたがいないことを穏やかに過ごしたくて、僕は薬を飲んだのか。
 狭くなった寝床の片隅が沈んだ気配に膝を折った脚が気付く。誰かがいるのかもしれない。おばけだろうか。泥棒だろうか? あなただったら。あなたが、今度は自分で薬を飲んだ僕に気付いて、その愚かさに息を飲んでいればいいのに!

 目が覚めた。気長さや伸びた身体や髪やらはどこにもなかった。

 

f:id:neguran0:20160527184842p:plain